七 代 の天 皇
それは、確かに存在した。
だが、その輪郭は、どこか揺らいでいる。
神話か。史実か。
古事記——。
安寧、懿徳、孝昭、孝安、孝霊、孝元、開化。 神話か史実か、あるいは祈りが形を成した伝承か。その境界は今なお、太古の霧の向こうにある陽炎。

1 沈黙の円熟
綏靖(すいぜい)が血を流して守り抜いた地には、語るべき争いも、記すべき変事もない。
だが、その静寂は決して虚無ではない。
それは、一族の業を飲み込み、慈しみへと変えた「沈黙の円熟」であった。
葛城の宮に灯る火は絶えず、山の辺の道には神奈備(かんなび)の冷ややかな朝霧が降りる。
諸々の氏族は、文字なき理(ことわり)のもとに、磁石に吸い寄せられるように「大いなる和」へと組み込まれていった。
国は音もなくその輪郭を現し、皇統の根は、大地の深淵へと静かに、しかし深く沈み込んでゆく。
2 安寧
血筋はまだ、制度という名の枷(かせ)を持たぬ。
人々はただ、木々の戦ぎや潮の満ち引きに天意を聴き、己が運命を全うした。
後の世に「太子」と仰がれる尊き人々も、当時はただ、霧の中を歩む一筋の光にすぎなかった。
やがて後世は、このたゆたう光の中にひとつの理を見出す。
幾筋もの細き流れが、やがて大河へと収斂するように、この静かな歩みは一本の線として結ばれ、「万世一系」という神話へと昇華された。
「安寧」とは、その時代が奏でた微かな地鳴りのような響きだ。
3 陽炎の時代
綏靖から開化へ――。
それは、歴史と神話のあわいに立ち上る『陽炎の時代』。
そこには、法も、飾られた名もまだない。
ただ、大地から昇る熱きゆらぎの中に、
連なる王たちの影は、確かに、そして神々しく刻まれていた。
やがて陽炎の向こうに、神ならぬ人の王が歩むべき『道』の輪郭が、静かに浮かび上がってくる。
2016年4月4日
未完謹呈