仲哀天皇

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仲哀(ちゅうあい)天皇


あわいの帝

山と水のあいだに満ちる、言葉が生まれる前の深い凪

それは、確かに存在した。
だが、その影は、触れれば消える。
神話か。史実か。
陽炎の国は、幻と現のあわいに息づく。
その静けさの底では、
かすかな波紋だけが、絶えず広がり続けていた。
仲哀天皇の治世は、まさにその境(あわい)に置かれている。
熊襲の地に立ち、海の彼方を望み、
神託を受けながらも、その声には従わなかった帝。
その選択が、何をもたらしたのか。
記された言葉は、あまりに寡黙である。
だが――
語られぬ空白こそが、この帝の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせる。
やがて帝は、戦の途上で静かにその幕を引く。
それは陽炎がふと途切れるような、あまりにも淡い終わりであった。
残されたのは、神功皇后という名の影と、
遠い未来へとつながる、まだ名を持たぬ胎動。
仲哀天皇は、神話と歴史の境に立つ、最後の人。
その死はひとつの時代の終焉であり、
次の時代が、言葉を持たぬまま産声を上げる刹那でもあった。
静けさは、終わりではない。
すべてが定まり、なお定まりきらぬものを残す――
そのための、わずかな余白。
仲哀帝の治世とは、まさにその「余白」そのものであった。
そして、陽炎の国を形づくってきた物語は、ここでひとつの呼吸を終える。
書――日本書紀――の記述は、この先もなお続く。
だが、この国の「幻と現(うつつ)の境」をたどる旅は、
いま、静かに幕を下ろす。
大地を渡るのは、淡く、ほのかに消えゆく物語の温度。
それでも、その余熱は、いまも私たちの足元で確かに
息づいている。

陽炎のように消えた帝の残り香と、書――日本書紀――が刻み始める歴史の道。

2016年4月7日

未完謹呈